
ベアトス様
長崎市橋口町はかつての浦上村に含まれる地域。
そこに「殉教者ジワンノ ジワンナ ミギル之墓」と書かれた立派な石碑が立っている。
これは江戸時代初期(家光の時代、寛永とされている。1633年頃?)に、
この地で殉教した三人家族のために建てられた石碑。
ジワンノ(ジョアン)、ジワンナ(ジョアンナ)の夫婦とその子どもミギル(ミカエル)は、
本原の方(小峰町)で暮らしていたが、江戸幕府の禁教政策にともなう弾圧の中で、
改宗を拒んだため、この場所で処刑された。
浦上村は村民のほとんどがキリシタンだったため、全員を処刑するわけにはいかず、
村民の尊敬を集めていたこの家族がいわばみせしめとして処刑された。
三人は火刑に処せられることが決まり、役人は火ダネを探したが、
浦上村の人は全員火ダネを消してしまったので、
渕村まで探しに行く羽目になったという話も残っている。
浦上の人たちは、最後まで信仰を棄てなかった三人のことを忘れず、
この場所を「ベアトス様の墓」として守り続けた。
ベアトスとは、説明板によると「敬虔な生涯と尊い死によって
永遠の幸福をうけていると信じられている人々」を指すポルトガル語だという。
カトリックの「福者」をラテン語で"Beatus"(英語:Blessed、ドイツ語:Selige)というので、
それと同じような意味だと思う。
この石碑は1936年(昭和11年)に建てられたもの。
原爆投下の際、爆心地からは数百メートルしか離れていなかったが、
倒れることはなく、少しずれただけだったという。石碑の左側面は黒く焦げている。






【アクセス】
住所は長崎市橋口町。浦上川が大橋でJRの線路や国道206号線と交差していますが、その辺りの川と山里小学校に挟まれたところが橋口町。ベアトス様の石碑は川沿いにある宮村病院の裏手にあります。市電の「浦上車庫前」から徒歩5分ほど。
【本】
小崎 登明 『長崎オラショの旅』

