
教会建築
★長崎県は2016年8月29日「長崎の教会群とキリスト教関連遺産」の名称から「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」への変更を提案しました。これに伴い当サイトでも名称を変更します。
「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」の構成資産の一つ。1865年(元治2年)に建てられ、現存するキリスト教建築物では最古。国宝にも指定されている。
長崎市南部の山の上の小さな集落にある教会。もともとはカクレキリシタンの集落だったらしい。教会前からは、伊王島、高島、軍艦島を見渡せる。
1597年(慶長元年)長崎西坂で殉教した26名の列聖100周年となる1962年に、今井兼次の設計で教会と記念館が建てられた。
呼子港から西側の丘の上に1928年(昭和3年)に建立された教会。設計は鉄川与助。
長崎駅前にある教会。1896年(明治29年)に建造されたが原爆によって崩壊。1951年(昭和26年)に修復された。
長崎市沖の伊王島北部にある教会。現在の教会堂は1973年(昭和48年)に建てられた。
五島列島、福江島の一番西、小さな漁業の町の教会。1962年(昭和37年)建立。保護者は聖フランシスコ・ザビエル。
佐世保市東部の烏帽子岳高原にある教会。1963年(昭和38年)建立。十二単を着たマリア様のステンドグラスは必見。
JR大村駅から徒歩10分ほど。1958年(昭和33年)の建立。保護者は1634年に殉教した修道女、大村の聖マリナ。教会の前に像が建てられている。
1962年(昭和37年)に建てられた聖堂。同年の大火で周辺が焼失した中、この教会だけが奇跡的に被害を免れた。
1926年(昭和元年)に建てられた小さな教会。信者さん手作りのかわいらしいマリア像がある。
1934年(昭和9年)、ハルブ神父の頃に建てられた。「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」の構成資産の一つ。設計・施工は鉄川与助。
新上五島町の最も西に位置する有福島の海辺にある教会。1927年(昭和2年)建築。
呼子沖にある人口60人弱の島、松島にある教会。島民のほぼ全員がカトリック信徒で「ロザリオの島」と呼ばれている。
カトリック長崎大司教区の司教座聖堂。1925年(大正14年)に完成した天主堂は1945年(昭和20年)の原爆によって破壊され、1958年(昭和33年)に再建された。
平戸大橋近くにある教会。1952年(昭和27年)、コロンバン会のグリニー神父の頃に建設。焼罪史跡公園はにはカミロ・コンスタンツォ神父の殉教碑がある。
伊万里市南部の山中にあるシトー会の女子修道院。1961年(昭和36年)に作られた。「トラピスチヌ」は「トラピスト」の女性形。
五島列島の奈留島にある「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」の構成資産の一つ。鉄川与助によって1918年(大正7年)に竣工。
長崎市北部の丘の上に立つ独特な形の教会。1969年(昭和44年)完成。保護聖人は聖ピオ十世。
養護老人ホーム聖フランシスコ園の附属教会として1960年(昭和35年)に建てられた。
中通島の北にある無人島・野崎島に残された教会。「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」の構成資産の一つ。設計・施工は鉄川与助。
1897年(明治30年)、大浦天主堂の次に立てられた純白の美しい教会。教会の保護者は聖フランシスコ・ザビエル。
1930年(昭和5年)、コルベ神父が聖母の騎士修道院を設立。老朽化にともなって、1964年(昭和39年)に現在の聖堂が新築された。聖コルベ記念館を併設。
石見からの銀山街道の宿場町で天領だった上下にあった角倉家の蔵を、昭和25年に改造して作られたプロテスタントの教会。
中通島の北端にある教会。最初1903年(明治36年)に建てられ、その後老朽化に伴い1977年(昭和52年に)現在の教会が建てられた。
1947年(昭和22年)設立。現在の聖堂は1989年(平成元年)に新築されたもの。守護聖人は聖イシドロ。
久留米市の聖マリア病院の附属聖堂。1894年(明治27年)に福岡市大名に建てられた大名町天主堂を、1986年に解体・移築したもの。
「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」の構成資産の一つ。カトリック信徒が人口の多数を占める島に、1902年(明治35年)に完成したロマネスク様式の天主堂。
「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」の構成資産の一つ。1881年(明治14年)に建てられた浜脇教会が、1931年(昭和6年)に現在の場所に移築された。
1951年(昭和26年)カナダのスカボロ会によって創設(現在はサレジオ会)。
唐津沖の馬渡島にある教会で、平戸の紐差教会が1928年(昭和3年)に解体・移築されたもの。
市内中心部に近い斜面地に立つ教会。1956年(昭和31年)に設立。レデンプトール修道会鹿児島準管区が管轄。
1962年(昭和37年)にあけのほし幼稚園の附属聖堂として作られた。
鉄川与助が27歳で初めて自ら手がけた木造瓦葺きの教会。1907年(明治40年)に完成。
1981年(昭和56年)、ヨハネ=パウロ2世の来日・来崎を記念して建てられた。雲仙で拷問を受け、長崎で処刑された殉教者アントニオ石田に捧げられている。
1932年(昭和7年)に独立。現在の聖堂は1997年に建てられたもの。日本26聖人に捧げられたこの教会には、殉教者たちの像が多く設置されている。
1882年(明治15年)に建てられた最古の木造教会だったが、2007年に火災で全焼。現在の教会堂は2010年にほぼ元の姿に立て直されたもの。
天草下島の中心部、本渡にあるカトリック教会。1951年(昭和26年)設立。守護聖人は聖パトリック。
1933年(昭和8年)、フランス人宣教師ガルニエ神父が私財を投じて建設したロマネスク様式の教会。設計・施工は鉄川与助。
1918年(大正7年)、鉄川与助の設計・施工で建てられたレンガ造りの教会。