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カトリック西町教会

JRで長崎に帰ってくる時、西浦上駅のあたりから

右手の丘の上に見える不思議なデザインの教会。

長与でのドイツ語レッスンの帰りなどに車窓から見て

いつも気になっていたので行ってみた。

 

最初、入り口がよくわからず適当に階段を上ってみたら、

教会の真下までは行けたんだけど、

そこに立っているマンション用の階段だったようで行き止まり…。

結局入り口は、JRの線路側から見て教会の向こう側、南山小学校の正門の方だった。

日曜日の午後だったせいか人の姿もなく、入っていいのかよくわからないまま、

でも門は開いていたのでとりあえず入ってみた。

 

教会の建物は近くで見てもやはり独特。

天に向かう高さと訪れる人が入りやすいように設計された入り口の低さ。

長崎市都市景観賞奨励賞を受賞しているとか。

入り口の近くに信者さんらしき年配の男性がいたので、

内部の写真を撮ってもだいじょうぶか伺ってみたところ

「よかですよー」とのお返事。

 

中に入ってみると教会内もやはり独特なフォルムだった。

人は誰もおらず、耳が痛くなるほどの静寂。

以前、ドイツのウルム大聖堂に行った時もこんな静寂を体験したことを思い出した。

 

教会の入り口には保護聖人として聖ピオ十世の絵が掲げられていた。

ピオ十世(ピウス十世)はWikipediaによると「16世紀のピウス5世以来400年ぶりに列聖された人物」らしい。

日本語版には列聖にあたって認定された奇蹟の事などはいっさい書かれていないんだけど、

ドイツ語版を見ると、「癤」(せつ。おできのことらしい)が全身にできて苦しんでいた人物が、

教皇の祈りによって快癒したというようなことが書かれている。

 

写真にも載せたけど、教会の横の像が印象的だった。像の名前や作者はわからないけど、

西町教会のホームページの中に「被爆マリア像前のツツジが」という文章があり、

この像の前にもツツジがあるのでおそらくこれが「被爆マリア像」じゃないかと思う。

 

そういえば教会の近くに、爆心地に向いた面が熱線で焼けた木が立っていた。

この辺りも原爆で相当な被害を蒙った場所だ。明治初めの「浦上四番崩れ」で過酷な弾圧を受け、

ようやく信仰の自由が認められて何もない状態からなんとか生活を再建してきた信者たちが、

原爆によって再びすべてを破壊された。でも現在はこんなに立派な教会が建っている。

そんな歴史を思うと言葉も出ない。

【アクセス】

市電に乗って「若葉町」か「千歳町」で下車。JRの線路を越えて徒歩数分。だいたいどこからでも見えるのでたどり着けないことはないと思いますが、入り口は線路側から見て裏側の南山小学校の方。南山幼稚園の方にも入り口があるようです。

 

【リンク】

カトリック西町教会(聖ピオ十世教会)

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